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不思議な体験 mmmmmmmmmmmmm寿波宙

私が27才の時のお話。
この頃の私は.岩登りに夢中になっていた頃だった。北岳バットレス中央積、初冬の前穂北尾根、
滝谷中央カンテ、P2フランケ、春の剣岳源次郎尾根etc...

それは9月末, 滝谷第一尾根左ルートを登 した時のこと。

横尾から北穂まで1日中、雨の中を歩いた。
北穂の小屋に着くと汗と雨で体はびっちゃんこ。
女2人だったので小屋の人はびっくりして
早速熱いお茶を入れてくれた。
雨の中をあがってくるバカは他にいなかった。

翌日は見事な晴天。
朝早く出たのに迷って取付点についたのが昼だった。
摩にかかる前に 私は1年前 山でなくなったF君に
無事終了するよう手を合わせて
心の中でお祈りをした。

噂通り 岩はもろくて 1ピッチ目から
いやらしいルートであった。
T嬢はベテランで、岩登りがうまくトップを行った。
私は 彼女はよくこんな難しいところをこなしたものだと
思いながらセカンドを行った。
4ピッチ目このルートの核心部に来た。
彼女をトップをかわろうと言った。
それまでに、かなりの腕力をつかっていたので疲れていたことも確かであった。
私がトップを行った。
用具一切しようせずフリーで しかもサッサッサーという感じでいとも簡単に行けたのだ。
ここが核心部など全く感じられなかった位であった。
T嬢は仲々苦戦していた。なわばバシゴの音がする。同じ所を何回も挑戦しているようだ。
私はザイルでしっかり確保する。やっとT嬢の顔が見えた。
「ヨーあんなトコいったね。どないしていった?」
とおどろきと疲れの入り混じった顔で云った。北穂の頂上まであとは簡単。無事済んだ。
故F君にお礼のケルンを立てた。

1年後 同じルートを男性と組んで行った。私は最初から最後までセカンドだった。
思い出の核心部へ来た。さあ、それが登れない。フリーなんてとんでもない。
用具も使用したが悪戦苦闘。T嬢よりもおそらく時間がかかっただろう。
這い上がるようにして登った。1年前お尻がヒョイと何なく上がった感じは、
10年だった居間でも体で覚えている。

思うに、なくなったF君があの時きっと一緒にじてくれたんだろう。
今になってもその考えはかわらない。不思議な体験であった。